今回は "網戸" をお届けします。
ほぼ1ヶ月ぶりの更新です・・・さぼっていてスミマセン。
天正18年(1590年)、秀吉によって家康が関東移封を命じられたことに合わせ、
木曽義昌も秀吉から家康附属を命ぜられ、下総国阿知戸へ1万石にて移封となりました。
(千葉県旭市網戸=>現在の千葉県旭市イ)
このあと義昌は文禄4年(1595年)は同地で死去、墓所は網戸(= 旭市イ)の
東漸寺にあります。
遺体は 3.鎌数 の回で登場した "椿海" に水葬されたと伝えられています。
のちに椿海は干拓されて干潟八万石と呼ばれる田園地帯となりましたが、
その一角に木曽義昌公歴史公園が造られて現在に至っています。
こちらが東漸寺の墓所です。
本題の "網戸" ですが、名前も幾つか残されています。
これなどは旧番地銘板でしょうね 〜 各々の家付近に残っています。
現在の番地名表記は "旭市イ" となっています。
"上宿"〜"中宿"〜"下宿"の名が残るバス停は県道71号線沿いです。
昔は街道だったのでしょうか。
中宿あたりにある八重喜神社 〜 松尾芭蕉の句碑がありました。
"先頼む 椎の木もあり 夏木立" 芭蕉翁
こちらは上宿前にある観光堂です。
(各々の写真は、クリックしていただくと多少大きめのものが見れます)
LEICA M9 / Summilux-M 50mm f1.4(1st)
今回も最後まで見ていただきありがとうございました。
では次回をお楽しみに〜。
(注)取り上げた地地名の歴史や由緒・謂れなどに表敬して訪問しています。
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